中学高校古文 定期テスト対策

古文対訳

原文・現代語訳の対比でサクサク読める・わかる

宇治川の先陣 - 平家物語

 原文と現代語訳の対比図解
ここに大将軍九郎御曹司、 ここで大将軍九郎御曹司(源義経)、
河のはたにすすみ出で、 川の岸辺に進み出て、
水のおもてを見わたして、 水面を見渡して、
人々の心をみんとや思はれけん。 人々の気持ちを見ようと思われたのだろうか。
「いかがせむ、 「どうしようか、

・いかが : どのように(副詞)

・いかがせむ : どうしようか

淀、 淀、
一口へやまはるべき、 一口へ回るのがよいか、
水のおち足をやまつべき」と宣べば、 水の減りぎわを待つのがよいか」とおっしゃったところ、

・のたまふ[宣ふ] : おっしゃる(尊敬語/動詞四段活用)

畠山、 畠山は、
其比はいまだ生年廿一になりけるが、 そのころはまだ生年二十一歳になったのが、
すすみ出でて申しけるは、 進み出て申したことには、
「鎌倉にてよくよく此河の御沙汰は候ひしぞかし。 「鎌倉で十分この川についての御指示がありましたぞ。

・さぶらふ[候ふ] : あります(丁寧語/動詞四段活用)

しろしめさぬ海河の、 御存知でない海や川が、

・しろしめす : 知っていらっしゃる(尊敬語/動詞四段活用)

俄にできても候はばこそ。 突然できたのでもありましたならばですが。
此河は近江の水海の末なれば、 この川は近江の湖から流れ出た川なので、
まつともまつとも水ひまじ。 待てども待てども水は干上がるまい。

・ひる : 乾く(動詞上一段活用)

橋をば又誰かわたいて参らすべき。 橋をまた誰が架けて差し上げられましょうか。

・まゐる[参る] : さしあげる(謙譲語/動詞四段活用)

治承の合戦に、 治承の合戦の際に、
足利又太郎忠綱は鬼神でわたしけるか。 足利又太郎忠綱はは鬼神で渡ったのか。
重忠瀬ぶみ仕らん」とて、 重忠が瀬踏みをいたしましょう」といって、

・つかまつる[仕る] : いたす(謙譲語/動詞四段活用)

丹の党をむねとして、 丹の党を中心として、

・むね : 中心(名詞)

五百余騎ひしひしとくつばみをならぶるところに、 五百余騎がぎっしりとくつばみを並べているところに、

・ひしひしと : ぎっしりと(副詞)

平等院の丑寅、 平等院の北東、
橘の小島が崎より武者二騎ひっかけひっかけ出できたり。 橘の小島が崎から武者二人が先陣を争って急いで出て来た。
一騎は梶原源太景季、 一騎は梶原源太景季、
一騎は佐々木四郎高綱なり。 一騎は佐々木四郎高綱である。
人目には何ともには見えざりけれども、 人の目には何とも見えなかったが、
内々は先に心をかけたりければ、 内々では先を争う気持ちがあったので、
梶原は佐々木に一段ばかりですすんだる。 梶原は佐々木より一段ほど進んだ。
佐々木四郎、 佐々木四郎は、
「此河は西国一の大河ぞや。 この川は西国一の大河だぞ。
腹帯ののびて見えさうは。 腹帯が伸びて見えるが。
しめ給へ」といはれて梶原さもあるらんとや思ひけん、 締めなされ」と言われて梶原はそうかもしれないと思ったのか、

・たまふ[給ふ] : なさる(尊敬語/動詞四段活用)

・さもあるらん : もっともだ

左右の鐙をふみすかし、 左右の鐙を踏んで馬腹との間に隙間を作り、
手綱を馬のゆがみにすて、 手綱を馬のたてがみに投げかけ、
腹帯をといてぞしめたりける。 腹帯を解いて締めたのだった。
そのまに佐々木はつっとはせぬいて、 その間に佐々木はつっと馳せ抜いて、
河へざっとぞうちいれたる。 川へざっと馬を入れたのだった。
梶原たばかられぬとや思ひけん、 梶原は騙されたと思ったのか、

・たばかる : だます(動詞四段活用)

やがてつづいてうちいれたり。 すぐに続いて馬を入れた。

・やがて : すぐに(副詞)

「いかに佐々木殿、 「なんだ佐々木殿、

・いかに : どうして(副詞)

高名せうどて不覚し給ふな。 高名を挙げようとして失敗しなさるな。
水の底には大綱あるらん」といひければ、 川底には大綱が張られているであろう」と言ったので、
佐々木太刀をぬき、 佐々木は太刀を抜き、
馬の足にかかりける大綱どもをばふつふつとうちきりうちきり、 馬の足に掛かった大綱どもをぶつぶつと打ち切り打ち切り、
いけずきといふ世一の馬には乗ったりけり、 いけずきという日本一の馬には乗っていたが、
宇治河はやしといへども、 宇治川の流れが速いといっても、
一文字にざっとわたいて、 まっすぐにざっと渡って、
むかへの岸にうちあがる。 向う岸に乗り上げる。
梶原が乗ったりける磨墨は、 梶原が乗っていた磨墨は、
河なかより篦撓形におしなされて、 川の中から撓めた矢竹のような曲線状に押し流されて、
はるかの下よりうちあげたり。 遥か下(の向う岸)へ乗り上げた。
佐々木鐙ふんばりたちあがり、 佐々木は鐙を踏ん張って立ち上がり、
大音声をあげて名のりけるは、 大きな声を上げて名乗ったことには、
「宇多天皇より九代の後胤、 「宇多天皇から九代目の後胤、
佐々木三郎秀義が四男、 佐々木三郎秀義の四男、
佐々木四郎高綱、 佐々木四郎高綱、
宇治河の先陣ぞや。 宇治川の先陣だ。
われと思はん人々は高綱にくめや」とて、 我はと思う人々は高綱と組み合え」といって、
をめいて駆く。 大きな声をあげながら駆ける。